小夜啼鳥が愛を詠う
「……さくら女(じょ)が小門兄とつきあうための最大の関門は、小門兄のお母上、か。」
野木さんのつぶやきに私は首を傾げた。

「関門もなにも。……私、光くんママよりはるかに優先順位低いし、はっきり対象外よ。ご覧の通り。」

自虐的にならないように気をつけてるつもりだけど……ため息がこぼれでた。

「いや、遠巻きに見てたら、やっぱり2人はつきあってるようにしか見えなかったよ?」
椿さんのフォローに苦笑。

「内実はほど遠いわ。」

私の嘆きに、野木さんが気の毒そうにうなずいた。



放課後、光くんと一緒に下校する。
「じゃあね。さっちゃん。また明日。薫のこと、よろしく。」

駅で光くんはそう言って、ひらひらと手を振って、改札の向こうへと消えてった。
振り返る気配も、後ろ髪を引かれてる様子も、微塵もない。

ついついため息がこぼれた。



帰宅すると、ママがエプロンを持って待ち構えていた。
「さあ、さっちゃん。わらびの灰汁は、抜けたわよ。ほら、食べてみる?」

ママの気合いに圧倒され、私は味のついてないわらびをかじった。

シャキッとしてるのに、茎の中からぬるっとした成分が出てきて驚いた。
味は……甘くも苦くも酸っぱくもない。

「これ、おいしいの?」

よくわからない。

でも、ママは真剣にうなずいた。

「もちろん!さ。始めるわよ。献立は……」
「待って。制服、着替えてくる。汚しちゃう!」

ママに追い立てられて、私は慌てて着替えて、キッチンに立つことになってしまった。



17時半に、一階エントランスの呼び出し音が鳴った。

「なっちゃーん。」
「桜子!」

マイクに向かって、玲子さんと薫くんが同時に呼びかけてる。

……玲子さんってば、それじゃ薫くんに張り合ってるみたいよ。
何だか、子供みたい……。

「……なるほど。ウマが合うのね。」
2人の雰囲気がママにも伝わったらしい。

「ね。妙に仲良しでしょ。」
私の言葉に、ママがふふっと笑った。

「ほんと。さっちゃん、ちょっと淋しい?」

……まあね。


ドアを開けると、薫くんが飛び込んで来た。
続いて、玲子さんが賑やかに入ってくる。
最後に、藤巻くんだけがキチンと玄関先でママにご挨拶して、靴もちゃんと揃えてからリビングルームへと進んだ。

「礼儀正しいのね。清昇(せいしょう)くん、だっけ?はじめまして。桜子の母です。」

ママの笑顔にも、藤巻くんはよそ行きの笑顔と敬語を崩さなかった。
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