小夜啼鳥が愛を詠う
ふと気づくと、光くんの姿が消えていた。

帰った?
まさかね。

キョロキョロ探すと、いた!
光くんは出版物の紹介コーナーで冊子を眺めていた。

「何読んでるの?」
近づいてってそう尋ねた。

「うん。図録を販売してるか見にきたんだけど、なかったよ。でも、ほら。これ。ここにね、明田先生の名前があったよ。」

え!?

「ほんとだ!これ、なに?」

光くんが、表紙を見せてくれた。
薄っぺらい小冊子には、チャリティー美術作品展、と書いてあった。

「チャリティーって?寄付ってこと?」
「うん。作家の寄付した作品を展示して、一般の観覧者が入札するみたい。収益は慈善団体に寄付かな。……美術家だけじゃなく、芸能人や政治家、文化人、僧侶もいるんだね。おもしろいよ。」

名前の羅列を見て何がおもしろいのか、光くんは熱心に見入っていた。
今年だけじゃなく、何年も前の分まで遡って。


秋の終わり頃、光くんが興味を持ったチャリティー美術作品展が始まった。
光くんは、期間中何度も足を運び、熱心に観ていたそうだ。
日曜日には、ご両親も引っ張って行き、何点かの作品に入札してもらったらしい。

「絵を買うの!?そんなに気に入ったの!?」
美術展を観るのは好きだけど、買うという発想は私には微塵もなかったので、本気で驚いた。

でも光くんには何の気負いもなかった。
「今回は、絵じゃないよ。パパの後輩のサッカー選手の写真と、京都の高僧の書と、あと、清水焼の人間国宝の陶器。……でも落札価格が見当つかなくてさ。たぶん買えないだろうね。」

……いったいいくらで入札したんだろう。
聞くのが怖いような気がして、私は押し黙った。


光くんの言った通り、小門家は一点も落札できなかった。
でも、光くんは楽しかったらしく、翌年もチャリティー美術作品展に通って入札した。
やっと一点落札できたのは、若手能楽師の書。
寸松庵という小ぶりの色紙に「千代の影を守らん」と記されていた。

「これ、いくらで落札できたの?」
そう尋ねても、光くんは教えてくれなかった。
「内緒。でも、能楽師さん、ご自分がシテを勤める舞台のチケットを一緒に送ってくださったよ。」

……して?

意味がわからずキョトンとしてると、光くんがやわらかくほほえんで補足してくれた。

「能楽では主役のことをシテって言うんだ。さっちゃんの好きな歌劇では、使わない?……歌舞伎では、わりと使う言葉なんだけど。」

「……うーん。聞き覚えあるような、ないような……。とにかく、そのかたが主役の舞台なのね。行くの?てか、光くん、お能、わかるの?」

「さあ、どうかな。謡曲は読んだから、流れと意味はわかると思う。でも、ちゃんと舞台を観るのは初めてだからすごく楽しみ。」
光くんは、ニコニコそう言った。
< 58 / 613 >

この作品をシェア

pagetop