小夜啼鳥が愛を詠う
「ふーん?1人で行くの?ママと?」
「ううん。パパと行くつもり。あーちゃん、寝ちゃうから苦手なんだって。薫にはまだ早いだろうし。」

そう言ってから、ふと気づいたように、光くんが言った。
「さっちゃん、興味ある?一緒に行く?」
「行くっ!」
反射的に私はそう叫んでいた。

光くんは私の気合いにちょっとたじろいで、それからうなずいた。
「じゃ、一緒に行こうか。来年の3月に、京都だから。」

「え!京都なの?うれしい。」
わたしは諸手を挙げて喜んだ。

やった!
光くんと、京都でデートだ!



「……さすが、余裕ね。入試の一週間前の土曜日に、デートとは。まあ?2人とも確実に合格するやろし、実際、余裕なんやろうけどさ。」
浮かれた私の報告に、椿さんが冷静にそう言った。

「え……あ、ほんとだ。……そっか。」

光くんも私も、すぐそばの公立高校を志望している。

「ぐぬぬぬ。ボーダーすれすれの野木は、冬のコミケも断念するのに。」
さすがに同人誌の執筆活動は高校に合格するまでお預けらしく、野木さんがぷるぷる震えてそう羨ましがった。

「ほんと。底辺の人間からは考えられんわ。」

「……いやいやいや。」
椿さんのぼやきに思わず突っ込んだ。
「椿さんは、だって、音楽学校の受験が本命じゃない。高校は保険でしょ。」

……音楽学校には中卒から高卒まで、最大4回の受験が可能だ。
だが、必ず受験時に在学していなければいけないらしい。
たとえば、中卒時の受験で落ちたとして、翌年の受験まで、高校に進学せず音楽学校の受験のためのお稽古をして……というのは認められない。

椿さんは、受験スクールでも太鼓判を押され、テレビ番組の密着取材が入ってるほどの有望株だが、それでも万が一に備えて高校もキープしておく必要があるそうだ。

「椿氏は、高校受験などせず、背水の陣で臨んだほうがよかったのではなかろうか?」
野木さんはそう首を傾げた。

けど、椿さんは首を横に振った。
「だって、受験に絶対はないもの。まあ私の場合、音楽学校に合格しても、高校は落ちるかもしれないけどね。」

……この時は、そんなものかな?椿さん、用心深いな~……ぐらいにしか思ってなかった。
でも、椿さんの選択は正しかった。
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