小夜啼鳥が愛を詠う
椿さんにつっこまれて、野木さんは、むしろ胸を張ってうなずいた。

「もう、創作意欲わきまくり!これからも観察するわよ!」

「……その前に……受験勉強してください。」
その情熱を勉強に少しでも回したら、野木さんの成績すごく上がりそう。

2人を合格させる使命感いっぱいの私は、こっそりため息をついた。



受験のちょうど一週間前の土曜日、光くんと私は2人で京都へ行った。

「薫が地団駄踏んでくやしがってたよ。受験が終わるまでさっちゃんと遊ぶの禁止されてるのに、僕だけずるい、って。」
光くんは、くすくすと笑ってそう言った。

「そうなの?じゃあ、京都でお土産買って訪ねようか?薫くん、何が好きかな。お抹茶味のお菓子とか、食べるかな。」
「さっちゃんがくれるなら、何でも喜ぶよ。」

何となく、光くんがいつもより……明るい?
テンション上がってる?

「……お能、楽しみにしてたの?」

そう聞いたら、光くんは嫣然と微笑んだ。

「うん。若いけどおもしろいシテ方さんだしね。でも、それ以上に、京都が懐かしい。10歳まで住んでたし。覚えてる?さっちゃんも、昔、一緒にお花見に行ったよね。」

「……あ。なんか、そんなこともあったね。桜。綺麗だったわ。」
記憶を掘り起こしてそう言った。

どんな場所かも覚えてないけど、夢のように美しかった……。

「今回は桜には1ヶ月早いかな。梅が綺麗だろうな。昔、住んでたお家は北野天満宮の西隣でね、梅の香りがしてた。……懐かしいな。」
光くんは夢を見てるようにそう言った。

……ほんとに京都が好きみたい。

「光くんも、大学は京都を目指すの?」

何となくそう聞いてから、自分の発言に笑ってしまった。

そんなわけない、か。
光くんが、ママと離れる進路を選ぶとは思えない。

「さっちゃんは?どうするの?」
逆に、光君にそう聞かれた。

「えー、まだ考えてない。けど、神戸にいると思う。」
明確な目標のない私は、しどろもどろにそう答えた。

光くんは、にっこり微笑んだ。
「そう。よかった。……僕はね、たぶんパパやあーちゃんと同じ大学に行くけど、神戸から通う。ちょうど、このルートだね。」

……よかった?
私が神戸にいることが?
光くんと同じ大学を選ばないことが?

わかんない。
光くんの、心が読めない。

「水が合うんだろうね。京都の柔らかい軟水が。……水道水じゃないよ?地下水ね。……神戸は、ほら、硬水だから。違和感。」
「水?そんなに違うの?」
「全然違うよ。だからお豆腐もお酒も違うし。」

そう言ってから、光くんは、ふと気づいたらしく、こう自嘲した。

「ごめんね。観光案内じゃないね。せっかく京都に来たのに、何の話をしてるんだろうね。」

私はぷるぷると首を横に振った。

「ううん。おもしろい。観光情報はネットにも本にも氾濫してるけど、光くんの生(ナマ)の話はレアだわ。もっと聞きたい。」

光くんは苦笑して、
「さっちゃんは、ほんと、優しいね。」
とつぶやいた。

……優しさ……じゃないけどな。
< 61 / 613 >

この作品をシェア

pagetop