小夜啼鳥が愛を詠う
能楽堂は、まさに観光地……というか文化ゾーンにあった。

「鳥居おっきーい!平安神宮!お詣りしよ?」

そう誘ったけれど、光くんは失笑した!

え!?
何で?

「……お詣りしたいなら、ちゃんとした神社にしよう。ここはありがたみがないよ。」

え???

意味がわからずキョトンとしてると、光くんは眉をひそめて言った。

「ここはね遷都1100年の記念事業で建築された神社なんだよ。明治半ばだよ。」

……あー……なんとなく、わかった。

「なるほど。歴史が浅いのね。京都だもんね。そりゃ平安時代に遡る神社もあるってことね?」
そう言ってから、ふと気になった。
「ね。平安時代に建てられた建物が観たい。」

すると、光くんは残念そうに言った。
「平安時代、ね。実は洛中にはないんだ。応仁の乱でだいぶ焼かれたみたい。」

「え!?ないの!?ひとつも!?」

驚いた。
まさか、何もないなんて。

「んー。一応京都市にはあるんだけどね。醍醐寺って言って、かなり離れたところなんだよ。あとは、宇治市に2つ。平等院鳳凰堂と宇治上神社かな。」

なんか、どっちも遠そう。
そっかー。

「じゃあ、帰りに寄るわけにもいかないね。残念。」
「……。どっちにしても寄り道してる時間はないかな。」

いつものことだけど、光くんは早く帰宅してママのそばにいたいんだろうな。

……凹むわ。



はじめてのお能は……確かに難解だった。
ちゃんと予習してきたんだけど、詞を全て覚えてきたわけではないので、完全に迷子になってしまった。

今、どのへんだろう……。

てか!

そもそも、光くんのチケットに同封されていたチラシには、お能の演目2つが書かれているだけだった。
だからそんなに時間がかかると思ってなかった。

でも来てみたら、間に狂言と仕舞いがあって、最後にも短いけど謡ってたわ。

わけわかんなーい。

完全においてけぼりな私と違って、光くんは涙すら浮かべて恍惚と観ていた。
「吉野天人」という最後の演目。
光くんのお目当ては、これらしい。

でもさ、せっかく主役って言ってもずっとお面をつけてるんだもん。
どんなヒトか、全然わかんない。

私には超~退屈で……寝そうだった。



終演後、何となく視線を感じた。
客席を立ちロビーへ向かってる間も、その視線がまとわりついていた。
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