【改訂版】ワケあり上司とヒミツの共有
「先約?ああ、なんか付き合ってるんでしたっけ?でも、あんなのただの噂でしょう?急に言われたって、そんなの信じる訳ないじゃないですか。ねえ、江奈さん?」

私を見る笹木の目はどことなく虚ろで、焦点があっていない。コイツ、本当にヤバいかもしれない。

「ね、江奈さん。違うよね?」

私の腕を掴んでいた笹木の手に、力が入る。

「いっ……!」

私は眉をひそめ、苦悶の表情を見せる。

「離せと言っているだろう!!」

このまま話していても埒が明かないと思ったのか、津田部長が笹木の腕から私の腕を無理矢理引き剥がした。

「あっ!」

私と笹木が同時に声を上げる。

私の「あっ!」は、突然の事に対処出来ず、よろめいた為の「あっ!」。笹木の場合は、津田部長に腕を捻り上げられた為に出た「あっ!」だった。

よろめいた私は、津田部長にグッと支えられ、そのまま背中の方へと促される。

「あっ…ぐぅ……はな…せ……」

津田部長に捻られた腕が痛むのか、今度は笹木が苦悶の表情を浮かべていた。

「私と美園江奈が付き合っていると言う噂は事実だ。お前が付け入る隙なんて、これっぽっちも無い。覚えておけ」

ハッキリとそう断言して、手を離す。ドサッ!と、笹木は腕を押さえながらその場に膝を付いた。その言葉に、野次馬達がざわめく。その男らしい津田部長に、不覚にもときめいてしまう。

笹木は捻られた腕を擦りながら津田部長を睨み付けた。しかしそれも一瞬で、元の気味の悪い笑顔に戻る。

「……江奈さん、またね」

そう告げ、笹木は一人、会社を出て行った。
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