涙の雨と僕の傘
夏休み前のある日。
調理実習があった。
名瀬が、気合いを入れてクッキーを作っていた。
彼氏に渡すつもりなんだろう。
きれいに焼けたハート型のクッキーを見て、ニヤニヤしている名瀬は、
可愛いけど、少し憎らしくて。
彼氏にクッキーを渡すために、教室を飛び出した彼女が、生徒とぶつかってクッキーを落としてしまった時、
「だから危ないって言ったのに」
なんて、意地の悪いことを言ってしまった。
言ってから後悔。
名瀬は唇を噛んで、泣くのをがまんしていた。
最近わかってきたことだけど、彼女は少し、そそっかしいところがある。
「ふ。あーあ。割れちゃった」
「……粉々だね」
「せっかく上手くできたのになー。アイツに自慢してやろうと思ったのに、残念。まあ味は変わんないし、自分で食べよ。あはは」
「名瀬」
見ていられなくて、名瀬の頬をつまんだ。
想像以上に柔らかくて、どきりとしてしまう。
「ひゃに」
「笑わなくていいよ。痛々しいから」
俺がそう言うと、なぜかもっと泣きそうな顔をするから慌てた。
それでとっさに、自分が持っていたクッキーを彼女に差し出していた。
俺が作った、何の変哲もない、ただのクッキーを。
名瀬は戸惑っていたけど、俺が急かすとクッキーを持って彼氏の元に走っていった。
俺の手に残ったのは、名瀬が作った、愛情たっぷりのクッキー。
俺への愛情は、かけらも入っていやしないけれど。