藤の紫と初の幸せ
そうじゃなくて!
一体私の話を聞く気は皆無なのか、幸ちゃんは私の手首を掴んだまま巧みに人を避けて走る。それに着いて行かざるを得ない私はそろそろ息が切れそうだ。
「幸ちゃん、こんなことしてたら貰い手がなくなっちゃうよぉ」
「何バカなこと言ってんだよ」
「バカって……っ」
「初うるさい」
「なっ……!」
というか、喋りながらだと息が続かない。
小石に躓いて転びそうになった私を幸ちゃんがぐっと腕を引いて防いでくれる。ありがとうを言う余裕もなく、それでも足を止めない幸ちゃんに必死でついていくしかない。
八幡様って、待って、今気付いたけど走っていくような距離じゃない。
歩いたって半刻くらいはかかる。それを走っていこうなんて、幸ちゃんみたいな体力バカじゃなきゃ無理だ。
「幸ちゃん待って!」
「うるさいなあ」
「ま、ってって、ばっ」
無理やり幸ちゃんの手を振りほどいて立ち止まると、幸ちゃんが訝しげな顔をしてつられて立ち止まった。
「どうしたんだよ?」
「どう、したって……」
息が整わないと、話せない。
あまりにもはあはあと息を切らしている私を見かねたのか、幸ちゃんは流石にそこまで無理には連れ出そうとせず、私の息が整うのを待っている。その猶予の間に私はどうすれば幸ちゃんと離れられるかを必死で考えて、顔を上げた私を幸ちゃんがまた引っ張って走り出す前に、大きな声を上げた。
「初、」
「幸ちゃん、もうやめよう?」
「――――はあ?」
心底意味の解らない、という顔をして凄んだ幸ちゃんに一瞬怯む。でも、負けてはいられない。
幸ちゃんのためだから。大切な、幼馴染のためだから。
私は幸ちゃんを、ちゃんと突き放してあげなきゃ。