藤の紫と初の幸せ

「私はただの町娘で、幸ちゃんは大店の跡取り息子なんだから、いいお嫁さん貰わなきゃ。私だってもう嫁いでもいい年だし、いつまでも幸ちゃんとは一緒にいられな、」

「――――お前、そんなこと思ってたの?」


地を這うような低い声に、びくっと肩を震わせる。


こわ、い。幸ちゃんを怒らせた。


どうして、と思う。だって私は幸ちゃんのために、幸ちゃんがちゃんとしてなきゃお店が、幸ちゃんのお父さんもお母さんもすごくよくしてくれて、だから私が原因でもしお店が立ち行かなくなったら、


「初、お前バカだな、ほんっと」

「――――っ! 幸ちゃんさっきからそればっかだよ! どうせ私は馬鹿だよ、でも馬鹿なりに幸ちゃんのこと考えてるのに……っ」

「だからバカなんだよ、お前は」

「こうちゃ、」

「もういい、黙れ」


手首をぐっと掴まれて、えっと思っていると世界が反転した。


今、私、どうなってる?


「こうちゃ、え、待ってっ」

「黙ってろ舌噛むぞ」


そういわれては黙るしかない。


視界が反転した、その理由。幸ちゃんが私を俵担ぎにしたからだ。


どうして私の言葉は幸ちゃんに届かないんだろう。必死に伝えようとしたのに、幸ちゃんはそれをバカって一言でまとめて、こんなことして。


――――本当、は。


ぽつり、と涙が一粒零れる。本当は。ぽつり、ぽつり、あとからあとから落ちていく涙は、何故か止めることができない。


本当は、幸ちゃんから離れたくない。


生まれた時から一緒で、物心着いたときに幸ちゃんはもうそばにいて、一緒に遊んで、悪戯して、怒られて、笑って。


ずっと一緒にいたいよ。これからもずっと、ずーっと一緒に。


幸ちゃんが好きなんだってことくらい、とっくの昔に気付いていた。

< 4 / 7 >

この作品をシェア

pagetop