藤の紫と初の幸せ
「私はただの町娘で、幸ちゃんは大店の跡取り息子なんだから、いいお嫁さん貰わなきゃ。私だってもう嫁いでもいい年だし、いつまでも幸ちゃんとは一緒にいられな、」
「――――お前、そんなこと思ってたの?」
地を這うような低い声に、びくっと肩を震わせる。
こわ、い。幸ちゃんを怒らせた。
どうして、と思う。だって私は幸ちゃんのために、幸ちゃんがちゃんとしてなきゃお店が、幸ちゃんのお父さんもお母さんもすごくよくしてくれて、だから私が原因でもしお店が立ち行かなくなったら、
「初、お前バカだな、ほんっと」
「――――っ! 幸ちゃんさっきからそればっかだよ! どうせ私は馬鹿だよ、でも馬鹿なりに幸ちゃんのこと考えてるのに……っ」
「だからバカなんだよ、お前は」
「こうちゃ、」
「もういい、黙れ」
手首をぐっと掴まれて、えっと思っていると世界が反転した。
今、私、どうなってる?
「こうちゃ、え、待ってっ」
「黙ってろ舌噛むぞ」
そういわれては黙るしかない。
視界が反転した、その理由。幸ちゃんが私を俵担ぎにしたからだ。
どうして私の言葉は幸ちゃんに届かないんだろう。必死に伝えようとしたのに、幸ちゃんはそれをバカって一言でまとめて、こんなことして。
――――本当、は。
ぽつり、と涙が一粒零れる。本当は。ぽつり、ぽつり、あとからあとから落ちていく涙は、何故か止めることができない。
本当は、幸ちゃんから離れたくない。
生まれた時から一緒で、物心着いたときに幸ちゃんはもうそばにいて、一緒に遊んで、悪戯して、怒られて、笑って。
ずっと一緒にいたいよ。これからもずっと、ずーっと一緒に。
幸ちゃんが好きなんだってことくらい、とっくの昔に気付いていた。