彼女は僕を「君」と呼ぶ
10センチの世界
「最近、5組の満島(ミツシマ)さんと一緒に居るんだって?付き合ってんの?」

賑わう教室の中、葉瀬維(ハセ ユイ)の正面、持ち主の居ない空いた席を陣取って友人の島崎はそう言った。

意気揚々と茶化すように言葉を投げかけ、こちらの様子を伺う。

にやついたその横っ面を張りたくなる気持ちを堪えて、維はへらりと笑っておいた。
その貼り付けた笑顔の裏は“触れるな危険”である。

「まさか」
「何?切ない片想いってやつですか?俺、聞いてきてやろうか、親友の頼み」

島崎の顔には、はっきりと“好奇心”の文字が書かれていて、悪気はないのかもしれないが、そんなお節介は迷惑だ。

言葉と共に、顔を寄せて押しの強さにこちらが落ちるのを待っているのだろう。人の事より自分の心配をしていろ。

彼が絶賛片想い中の1組の田中さんは先日、大学生とお付き合いを始めたらしい。親友の好みで言わないでおくな。

押し寄せてくるその顔面を掌で押し返す。当たった瞬間、べち、と乾いた音が響いたのには他意はない。

何も知られたくない。何も、解決しなくていいのだ。
そもそも、これが恋かどうかもよく分からない。

よく分からないから知りたくなる。それが恋と言うならば恋なのかもしれないが、彼女を見ていると簡単に恋だのなんだと口に出すのが憚られる。
< 1 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop