彼女は僕を「君」と呼ぶ
コンクリート造りの渡り廊下の地面は冷えをよく吸収する。尻が冷たい。

手摺りが柵ではなく、そちらもコンクリート造りで良かった。

熱が逃げない様に身体を小さくして、彼女の背中を眺める。外からやってきた木の葉が隅っこで固まっていた。

10cmくらいだろうか。彼女の浮いた踵の距離だ。

床の上に小指を下にして拳を作る。まるで測った様に収まるそれ唯一の接点だとさえ思えた。

出来れば、彼女の事を知りたいと思うが、興味を向ける対象は小野寺教諭だけ。

悲しいかな話題もそれくらいしか思いつかない。返答もまた然りだ。

「今日のスーツ新しいって言ってたよ」

紺地に細い白の線が入っていた。
いつの間にか、彼女を追い越して、小野寺教諭の姿を追う日々へと変わっている。

学校では声を掛けない。遠くから見るだけで十分。そう言った彼女の代わりに話しているようなもの。

一日に最低でも一回、小野寺教諭の背中を追いかけて他愛もない話をする。突然懐いてきた生徒の事は深く勘繰らないでほしい。
幾つか溜まった目新しい情報を投げかける。

「紺色が好きなの。ストライプの似合ってる」
「あぁ、そう紺色。多いかも」
「うん」

その声は弾んでいた。嬉しそうに明るいものだ。

「何時か俺も着たいって言ったらブランド教えてくれたよ」
< 10 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop