彼女は僕を「君」と呼ぶ
「小野寺先生は、辛いの好きな人?」
「辛いのは駄目。その代わり、甘い物は好きよ。ケーキとか」
ならば、このブラックペッパーは苦手な分類かもしれない。
「へー俺も好きだよ」
それに対しては特に返答はない。分かっている事だ。
一番好きなのはチーズケーキ。言葉には出さないが心の中でそう呟いておく。
君は一番何が好き?と問うのも忘れずに。
「じゃぁ、満島さんと一緒に先生は甘い物食べに行けるんだ」
「何度かあるの。高校に入る前だけど駅裏の小さなカフェ」
これは駄目だったか。到底刺さりが弱そうに見えるフォークでプチトマトの表面を突く。
小野寺教諭経由でしか彼女の事を知る事は出来ない。
それはまるで大量の落とし穴を掘られた地面を歩く様だ。
話しているのはあくまで小野寺教諭の事であり、彼女の事ではない。話を膨らませ様と足を進めた先に彼女の落とし穴がある事も多々ある。
地面を踏み抜いたところで烈火の如く怒ったりしないから地雷ではない。静かに沈むテンションだから落とし穴。沼でもいい。
「でもね、たまに買ってきてくれるのフルーツタルト。私が好きなの覚えてる」
緩やかに口角が上がる。
あぁ、これは穴には落ちていなかった。地面の色こそ変わっていたが穴はない。
彼女はフルーツタルトが好き。うん。覚えておこう。
空っぽになった弁当箱を見送って、最後の一口を放り込む。
頬を一杯にしながら、中身を食べ切るよりずっと早くに片づけて、また背伸びをした。