彼女は僕を「君」と呼ぶ
「じゃぁ先に行くね」
彼女と一緒に廊下を歩いた事はない。
歩けばまた島崎に煩く寄られるかもしれないが、一人で帰るのも中々に寂しいのだ。
ふと、次の授業を思い出す。
次は彼女が大好きな小野寺教諭の授業である。そして、一つ思い当たる節があった。
言うか言わざるべきか考えて、ひやりと体温を奪うノブに口を割った。
「次の授業、小野寺先生だ」
「え、君、前半クラス?」
嬉々としてこちらを見た彼女に、随分前に伝えたけどとは言わないでおく。
ただでさえ胸が痛い。傷口を広げられたくないのだ。
「5組は小野寺先生じゃ無いんだっけ?」
教師達の学科受け持ち区分は、前半と後半に分かれ、小野寺教諭は1年の選択クラスと2年の前半4クラスを受け持っている。
丁度4組と5組の間が境目で、彼女の悔しげな表情は見なくても想像がついた。
「なに?自慢?」
ずっと知っていた。知っていたけどこれはあれだ、細やかな仕返し。
伝えたとて何がどうできる訳でもないのだが、今日は何時もとは少し違う。
「おれの席、窓際の後ろから2番目」
「中々良い席ね。先生からは遠いけど」
ふん、と鼻を鳴らして彼女の視線が元の場所へと戻される。
維は分厚い扉を手前に引いて言葉を続けた。聞き逃されても何事もなかったように逃げれる為にだ。
「今日は一番後ろの席が休みです」