彼女は僕を「君」と呼ぶ

彼女は一度、クラスに戻って教科書とノートを用意した。真面目なのかカモフラージュの為なのか。

自習で賑わう5組のクラスには彼女を止める者もおらず、そのまま自然流れで4組の教室に紛れ込み、維の真後ろの席に座った。

まるでそこが自分の席かの様に座ったせいか、はたまた疑う余地もない程に堂々としていたせいか彼女に気づくものは誰もいない。

島崎でさえ、友人らにちょっかいを掛けており、維が席に着いた事すら気づいていない。

正直言えば想定外の事である。勿論、バレぬ事を祈って唆した。が、上手くいくとも想定内にあった訳ではない。

このまま誰にも気付かれず、小野寺教諭が授業を行う…見つかってしまうだろうか、それとも見つからず事なきを得るか、見ていて知らぬふりをしてくれるか。

「ねぇ満島さん。提案したのはおれなんだけど、出来れば見つかってほしくない」

後ろを振り返るのもなんだか躊躇われて、椅子を後ろへと引き、彼女の方へと背中を寄せた。

「分かってる。大丈夫」

ちらりと横目で見れば、教科書を立てて維の背中の影に隠れ、身を小さくしていた。

どうしてそんなに自信があるのだろう。

もしかすると、彼女は見つかってしまってもいいのかもしれない。少しでも教鞭をとる小野寺教諭を見れればそれで。

維は早々に後悔をしていた。
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