彼女は僕を「君」と呼ぶ
黒板に並ぶ丸みの少ない角ばった文字、やや右端上がりになっていくのがご愛敬だ。ノートに返ってくるコメントは真っ直ぐだからきっと彼女はこの事を知らないだろう。

最後に強めにチョークを押し付けてカンマを打つのも。

「じゃ、まずは先生が読むから、当たった奴が次のページからな」

チョークの粉を払い落とす音と共に、教室中が俄かに沸いた。誰もが当たりたくないとの批判的な声なのだろう。

彼女じゃなくとも身を縮込ませたに違いない。

「最後まで騒いでた奴、先生に構ってほしいと見なして当てます」

それは魔法の言葉だ。茶化す様に投げかけられたものだが、実際最後まで声を上げていた奴は間違いなく名前を呼ばれる。

水を打った様に一気に静寂に包まれた。それに満足したのかにこやかな笑みを浮かべて小野寺教諭は英文を紡いでいく。

日本人なのだから日本語が話せれば問題ない。維もその意見には大賛成の立場ではある。

何時まで経っても英文と言うより、カタカナを読まされている感じが抜けない。

そんな底辺をいく語学力の中でも、小野寺教諭の発音は滑らかに聞き易いものだ。

彼女は今、どういう眼差しを向けているのだろう。

何時もの様に瞬きさえも忘れて、吸い込む様にその大きな瞳に映しているのか。

それを考えれば、胸の中にぽっかりと穴が開き、冷たい空気が通り抜けた。

「次のページを、この前は何処まで行ったかな」
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