彼女は僕を「君」と呼ぶ
さて、と教室の中を見回す。此処で目を合わせてはいけない。

皆が皆、素知らぬ顔をする。それを見やって小野寺教諭の眉が上がる。

「分かる、先生にも経験があるからな。でも、当てるからなぁ。じゃぁ窓際の一番、」

そこまで聞いたところで維は立ち上がった。

後に続いたのは、後ろだったのか前だったのかは、今はもうどうでもいい。

ガタガタと椅子が不格好に音を立てて、焦りを隠す様に顔の前で教科書を開いた。

焦りから震える声で、耳に届く言葉の音はちぐはぐで、合っているかどうかさえも分からない。

それなのに、机の下で足をブラブラとさせている、その僅かな振動が伝わるのは分かる。

そんなに楽しいか。

彼女の小さな笑い声だけが鮮明に届いた。
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