彼女は僕を「君」と呼ぶ

落ちていくばかりのテンションを上げれるのはやはり目の前に居る自分ではなく、遠く背中しか見せないあの人。

「ね、小野寺先生は家じゃ満島さんの事を何て呼ぶの?」「先生と食べたんだったら何時もより美味しく感じたんじゃない?」「私服ってどんな感じ?」

無理矢理気分を引き上げようとしているのがバレるだろうか。

下がった睫毛がまた上向きになって小さく口を開いた。

「何時もと同じで素敵よ。名前は呼ばなくなった、学校で呼んじゃうから。でも、変わらず優しい」

ふわふわとした顔で必死に婚約者殿の姿を消す様に話を戻す。

昨夜が如何に楽しい物だったかを紡ぎ続けるのを聞きながら、頭の片隅で振り返らない背広の背中に想いを馳せた。

それが、この気持ちが恋なんて甘いものとは違うと思わせているのだろう。

だから、その問いに答えられなかった。

「好きなの?」

赤く染まり始めた教室、普段見ている景色を一変させた言葉だ。
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