彼女は僕を「君」と呼ぶ
あーあ。どうして足が早くなるのだろう。

此処まではとてもゆったりと、それはまるで帰りたくない様な速度だったのに、音も気にせず、あの背中が見える頃には息が上がっていた。運動不足だ。

首元からマフラーを外して、彼女の顔の前を覆う。勝手に手がやった事だ。

僅かな間でも君の中から消えてしまえばいいのに。それでもその踵は浮いていてほしい。

「わ、何?」
「寒いから、風引くと先生見られなくなるよ」

首に巻いたマフラーを後ろ手で縛ってやる。
それを鼻先までたくし上げてこちらを見れば「ありがとう」と呟いた。
それだけで十分だ。

「帰るんじゃなかったの?」
「気が変わったからもう少し」
「そう」
「ねぇ、髪、綺麗なストレートだけど流行りなの?」
「先生が好きだって言ったから」

分かっていたけど聞いてしまった自分は馬鹿か。
熱が取れてしまった巻いた毛先に指先が触れた。

俺は、くるんと巻いた髪の君も好きです。なんて。

彼女の髪から手を放し、何時もの場所へと腰を落ち着かせると、彼女の踵が上がった。
一人でに怒って傷ついて納得して、そして喜んで。こんなにも感情の起伏が激しい奴だっただろうか。少しばかり自己分析をする。
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