彼女は僕を「君」と呼ぶ
◇◆

ぐっと背伸びをして窓越しの悠生は何時もと変わらない。

机に向かって顔さえ見えないが、それでも視界に捉えられるのは嬉しい事だ。

好きだけど、お荷物になりたい訳じゃないし、もうすぐあの人のものになる。

優し気な人だ。
きっと自分が男ならば、こういう人を選ぶだろうと思わせるそんな柔らかい人だった。

もっと、イビリがいがある人だと良かったのに。
風にふわりと靡く髪にこちらまで恋をしそうになった。

真似をしたところで、振り向いてくれる訳ではないし自分の色に染まるような人が好きな訳ではないのも知っている。けれど、ならずには居られない。少しでも近づけば…なんて。

手摺りのパイプに頬を預けて、視界が横になった先を見た。

ふわふわしてる、少しだけ、あの人は、君に似ているかもしれない。

不意に思い出した顔に、背伸びする足が地面につく。

未だ、飽きずにそこに居る理由までは分からないが、居心地の悪い物ではなく、初めからそこに居たようなそんなすんなりと落ちていく。

今日は来ないのだろうか、扉の方へ視線を走らせると頭の後ろで音がした。

振り返ると、ゆっくりと扉が開いて、顔を覗かせたのは女子生徒だった。

名前までは分からないが、見た事はある気がする。多分、4組。

けれど一度も話したことはないし、偶然此処を通りかかった生徒の一人だろうと気にも留めず、視線を窓の方へとやった。

彼女が歩くローファーの音が聞こえてそれが、棗の近くで止まった。

近づいたとて彼女の事は知らない。
真っ直ぐ見つめる眼差しが痛い程である。

「私は、葉瀬君が好きです」

何をどう勘違いしたのだろう。
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