彼女は僕を「君」と呼ぶ
真っ直ぐな眼差しをこちらに向けられたて、なんと返してやればよいかわからないが、トンと一つ胸が跳ねたのは確かだ。

中学に入学と同時にクラス数は倍に増え、高校に入学して更に一つ増えた。

その中で感じた事は、クラスの人間だけの名前を知っていれば大抵の事は上手くいく。

体育の授業で顔を見合わせる6組の大半の顔は分かるが、彼女の顔は知らない。

握った拳だけが親近感を沸かせた。

「…すみません、葉瀬君とは誰ですか?」

棗にとっては至極真っ当な質問だったのだが、彼女は大きく目を見開いて一歩足を踏み込んで喚いた。

「馬鹿にしないで!何時も此処にいるでしょ、葉瀬維!」

葉瀬維の名前にはピンとこなかったが、何時も後ろに座っている彼の事かもしれない。

名前は聞いたかもしれないし聞かなかったかもしれない。

憤慨する彼女をどうしたものか、ちらりと窓辺へと視線を送ると、悠生が窓を開けていた。

思わず手摺り代わりの壁に背を当ててしゃがみ込む。嬉しいと同時にやってくる焦り。

見ているのはいいのだ。けれど、見られては意味がない。

見られているとばれたらなんと言われるか。否、きっと何も言わないだろう。

もしかして、もう気付いているのかもしれない。小野寺悠生とはそういう人だ。
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