彼女は僕を「君」と呼ぶ
維は一つ欠伸を噛み殺し、校舎へと向かう。その道なりに彼女が居た。

そこを通らなければ校舎に入れない訳ではないが、足は方向転換される事なく真っ直ぐ彼女の横を通り過ぎ様としていた。

チラッと盗み見た横顔、瞬きさえも忘れて、さながら吸い込まれてしまいそうだ。

それ程に好きか、小野寺教諭が。可哀想に。

少しばかり彼女を小馬鹿に、そして憐れみつつ、横を通り過ぎ様とした瞬間、ピンと張っていた筈の膝がへにゃりと折れ曲がってしまった。

まるで狙った様に、維が通った瞬間。もしかしたら心の言葉が洩れてしまっていたのではないかと思った程に。

「あ、え?満島さん?何?」

咄嗟に名前を呼んでしまった。どうして知っているのかとか、気持ちが悪いと思われただろうか。

しかし、そんな焦りは杞憂に終わる。何せ、彼女は維の事などどうでも良かったのだから。

細い指先が維の腕に伸び、しっかりと放さないと言われる風に力が込められていく。

痛い訳ではなかったが、振り払えない程の力で、言葉とも取れない「うー」と堪える音が漏れる。

しゃがみ込み、膝の上の左腕に顔を押し付けて、これでは維が泣かせているみたいだ。

どうか誰も来てくれるなと祈るばかりで、小さな彼女の声を聞き逃した。
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