彼女は僕を「君」と呼ぶ
今まで休みの10分間は一体何をして過ごしていたのだろうかと思わずにはいられない。

島崎達との実のならない話は、した直後から忘れていく。

勿論、それが悪いという訳ではない。友人達は気さくな奴が多いし会話は面白い。

ただ、彼女が少し特殊で特別なだけで、ぬくぬくとした教室で齧るパンはこんなにも味気なかったかと思うだけ。

ちらりと時計を気にして一向に針が進まない休憩時間に一人、目をやる。

それでも、彼女の元へ行く気にはなれず、放課後は島崎達に誘われるまま学校を出てしまう。

彼女を見かけるまではずっとそうしていた筈なのに、随分昔の事の様に思えてしまう。

今日はカラオケに行くらしい。

昇降口へと向かい、階段を降りきったその正面で足を止めた。

ガラス張りの扉は、存在しないかの様に透明で、中庭へと抜けられる。

視線を伸ばした先、中庭の隅っこで、初めて二人並んでいる所を見た。

今まで見てきたどの顔よりも違う。否、あれが本来の彼女なのだろう。維が知らないだけで。
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