彼女は僕を「君」と呼ぶ

久野澄香さん。彼女を羨ましく思って、答えを出さないのを選んだ自分に苛々した。

本当は好きだと言ってしまいたい。言って困った様に「ありがとう、嬉しかったよ、でもごめんな」そう返されるだろうと脳内スクリーンは何時もその光景を映し出す。

それでも言わないのは、終わってしまいたくないから。明確な理由があるくせに答えを出させたがって、彼に余計な事を言ってしまった。

「満島だけには言われたくない」冷たく響いたその言葉は的を得ている。

自分はその答えを出せないくせに人には出させて、でも結局彼の答えは久野さんのものであり私自身のものではない。そう思えばどうしてか胸が痛んだ。

穏やかに話す声が…もしかすると、取られるのが嫌だったのかもしれない。

ヤキモチを焼いたのかもしれない。

彼女はすぐに好きだという事が出来て、それに嫉妬したのかもしれない

もう、久野さんと付き合ってしまうのか。

悠生を婚約者に取られた時の感情によく似ている。

固いつま先は、親指に挑発的にぶつかってきて痛い。

相変わらず、慣れるよりも、これは違うんだと主張していた。

いつも通り背伸びしたって、何も見えてこないような気さえする。そう思えばいとも簡単に張り詰めた膝は崩れ、下へと落ちてしまう。

泣いては駄目だ。そう思えば思う程に膜が張ってくる。

しゃがみ込んだ先に、スニーカーのつま先が見えた。

あの時と同じ。

誰でも良かったのに、今、彼で良かったとさえ思う。後ろに座るのが当たり前になってきて、空いた空間がとても、冷たいと思える程に。

口は勝手に開いて言葉を紡ぐ。
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