彼女は僕を「君」と呼ぶ
「…するの」
「ん?何?どうしたんですか?」

女の子に泣かれるなど初めての事だ、妙に敬語まで現れ想像以上に焦っているらしい。
顔を上げた彼女の瞳から、一粒、二粒と涙が頬を滑っていった。

「結婚するの、先生、この春に」

それは小野寺教諭の話だろうか。
維だけが知らないのかもしれないが、それでも、そこはやはり生徒と教師の間。

教師から生徒に家庭環境の変化を聞く事はあっても、生徒に教師が逐一報告することはないだろう。

特に、若いせいか小野寺教諭はそういう方面は一線を引いている節がある。

と、すれば、彼女はそこまで知る仲だったのかと驚くと共に、やはりどこか傷つく自分と、彼女を捨てようとする事に対して苛立ちと怒りさえもが混ざる。

ここは恰好良く、おれに任せておけ。なんて言っておくべきだろうか。なんて考えていると彼女の声が届く。

「いとこなの」

あぁ、成程。親類であれば結婚式にも当然呼ばれているだろう。日にちを知っていても不思議な事ではない。

従兄弟は結婚できたっけ?否、小野寺教諭は既に結婚相手がいる。

維の頭が次に考えたのはその程度の事で、決して彼女が明確に小野寺教諭を好きだと言った訳ではないが違わないだろう。
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