彼女は僕を「君」と呼ぶ
きっと空を飛ぶ助走の様な加速だったに違いない。飛んだとて直ぐに落下するだろう、上手く離陸されても困るが、何にせよ泣いてしまえば慰めて、喜んだのなら彼女以上に喜んでやるだけ。
最初から見定めていたのか、中庭の隅で小野寺教諭の背中を見つけた。
そのままの勢いで歩み寄ろうとするが、電話を掛けていた。
それに足を止めると、照れくさそうに笑う横顔に彼女の手が強張った。
とても柔らかな表情だ。生徒に見せる慈愛のものではなく、もっと大切な…小野寺教諭もまた想う人なのだ。
何を話しているのかは分からないが、何でもいいのだろう。要は誰と話すかで。
その横顔を彼女はずっと隣で見てきた。俺と同じ、瞳の中に映るのは何時も違う人。
全てが上手くいく恋なんてないのだ。
そして、全て終わらせないといけないという恋も、またないのだ。