彼女は僕を「君」と呼ぶ
電話を耳から話したのを見て、きゅっと口を閉じた彼女が一歩踏み出した。

手は繋がれたまま、忘れているのかもしれない。決して思い出させる為ではないが、彼女の足を止めさせたのは維だ。

揺らいだ瞳が維を捉える。

「いいよ、言わなくて」

離れぬ様に手に力を込めた。

好きだと告げて終われるような恋ではなかっただろう。

今、すぐに終わらせれるならもっと早くに終わっていた恋だ。

足掻く訳でもなくただ、純粋に好きを胸の内に収めていた。それをやめてしまうのは違う気がしたのだ。

「ずっと好きでいいよ」

想っている君に恋をした。やめてしまって嫌いになる分けではないが、それでもだ。

例え俺の入る隙間が無くても。

彼女はぎゅっと唇を噛んで地団駄を踏むように繋いだ維の手を振った。

好きだ、好きだ、これからもずっと。そう、言っている様にも思えた。

「小野寺先生の分、おれが聞いててあげるよ」

彼女の表情が歪んで俯いてしまった。
手には目一杯力を込めて。
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