アタシ、好きって言った?
ヒロと僕
「来週シンとこ行くよ。カミサン実家にしばらく帰るから」
ヒロから連絡があった。

ヒロはバンドのドラマーだった。
東京にいた時は夜の仕事で稼いでいた。
ヒロの奥さんも夜の仕事だった。
「うちら子供いるから稼がないとさ」
ヒロの口癖だった。

東京にいた時より静かになったバイクでヒロはやってきた。
「前進んだか?」
笑いながらヒロは言った。
ガレージに行き棚の上のたくみの写真に手を合わせた。
「たくみ。山や川はどうだ?コンクリートジャングルが懐かしいだろ?」
タバコに火をつけ、写真の前の灰皿にタバコを置いた。
「急にどうしたんだよ?カミサンは?」
「シン、ビールくれよ。ガレージで飲もうよ」
二人でビールを開け、たくみにも1本渡した。
「最近どーよ?まだ、仙台の子と会ってんの?」
「うん。先週逢えたよ。昼間働いてた。」
「夜は?」
「うん。夜もやってるみたい。」
「そうか。で、シンはどうしたいんだよ?」
「結婚したいと思ってる。仕事も定職につこうと思ってる。」
タバコに火を着けヒロは首を横に振った。
「俺は十代から夜の仕事してたから何となく分かるけど、その子は無理だよ、シン」
「今は無理でもいつかは・・・」
「イヤ、ないね。」
ヒロはあっさり、そう言った。
「前にさ、電話した時のこと覚えてる?」
「ナツが僕をスキだと思ってる根拠のこと?」
ヒロは2本目のビールを開けた。
「ああ。もう一度言ってみな?」
僕も2本目のビールを開けた。
「変わらず逢ってくれるし、避妊も押し付けないし、キスもするよ?マンションの場所も教えてくれたし、最近は昼間の仕事の場所まで教えてくれた。」
僕は自信ありげに言った。
本当は不安だらけだった。
ただ、自信があるって思い込んで身を委ねたかっただけかも知れない。
ビールを飲み終えたヒロが溜め息をついた。
「だから、それ全部に意味なんてないんだよ!意味を持たせてるのはシンだけなんだよ!お前が気付いてないだけなんだ。」

僕は言葉が出なかった。
ヒロの言ってる意味が分からなかった。

「お前が自分で気付いて理解しない限り、ずっと分からないよ。俺も同じ経験したからさ。俺は、一度経験して乗り越えたからカミサンとは結婚出来たんだと思う。」
「俺、ガレージで寝るよ。寝袋あるし。明日たくみと一緒に走ろうぜ。おやすみ。」
そう言ってヒロは寝袋の中に潜りこんだ。

僕は、3本目のビールを開けた。
ナツと出逢ってからのことを考えていた。
何で、逢ってくれるんだろう。
何で、身体を合わせるんだろう。
何で、家の場所や仕事の場所を教えたんだろう。
何度考えても分からない。

どうして、スキって言ってくれないんだろう。
どうして、付き合おうって言ってくれないんだろう。
どうして、夜のバイトは辞めたいって言ってくれないんだろう。

どうしては、僕がナツに言えない言葉。
ナツが笑わなかったあの日、どれか一つでもナツに聞いていたら、ナツとはもう逢えなくなっていただろう。
それだけは分かっていた。
ナツに逢えなくなるのが僕には一番辛かった。
例え、この先ずっと変わらない関係性だとしてもナツに逢えるのが僕には全てだから。
不安や辛さや悲しさの詰まった未来のない関係性だとしても。
僕には終わらせることが出来なかった。

ヒロは僕を救いに来たのだろう。
過去の自分と照らし合わせたのだろう。
僕は久しぶりにヒロの隣で眠った。


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