あのすずの音が忘れられない
すずの秘密

すずはお菓子作りと料理が好きだ。

料理はすごく上手だ。
べた褒めする僕に「おばあちゃんに教えてもらったの」とニコニコ笑って話してくれた

お菓子のほうは発展途上といったところで、3つに一つは失敗する。
だけどすずの年頃の子にしては上出来だと思う。

僕の職場にも持っていけるようにすずはたくさんお菓子を作ってくれるけど、たまにハズレがある。
そのせいで、ある意味職場ではすずのお菓子は好評だ。
この間なんか、カップケーキ占いを始めた部下達がはしゃいでお菓子を取り合っていた。

手作りのお菓子はいろんな意味で人を幸せにするんだな。

すずはプレゼント選びもセンスがいい。

去年の僕の誕生日に、ずっと前にリクエストしたブルーベリータルトと買い換えようと思っていた財布をプレゼントされた。

今まで、女の子からもらった物は沢山あったけど、すずのプレゼントにはとても敵わなかった。

いつも僕の欲しいものを察知してプレゼントする、すずの観察力にはいつも驚かされる。

僕も今年のすずの誕生日にはサプライズをプレゼントするべく、家族を巻き込んで計画をたてた。
サプライズが苦手なすずはどんな顔をするだろう。
家族みんなでワクワクしながらすずが仕事から帰ってくるのを待った。

チャンチャンチャンチャーラーラーララーラー

携帯の着信音が鳴った。

すずかな?今日は残業って言ってあったはず。

知らない電話番号だった。

「はい、もしもし」
『もしもし、大木ジュンジさんの携帯ですか?』
「はい、そうですが」

電話の向こうの女性は慌てた様子だった。

『すずの母です。すずが車に轢かれました、今から言う病院に来てもらえますか』

え、すずが轢かれた?すずの母?

僕は頭がパニックだった。
この後すずの母親とどんな話をしたのか覚えていないけど、気づいたら僕は病院にいて、さっきまで電話で話していたすずの母と並んで座っていた。

僕は、人間違いをされたんじゃないか?だって隣にいる女性は、すずと違って厳しそうな顔立ちだ。
全然似ていないじゃないか。
すずは、もっとふんわりした顔立ちで、体だって小さいし。人間違いだって伝えよう。

「あの。」

声をかけた時、【手術中】のランプが消えた。
女性は慌てて立ち上がり、つられて僕も立ち上がってしまった。

ガラガラガラと音を立てて、身体中管だらけの女の子が乗ったベットと皮膚を見せている面積が目の辺りだけの医者が出てきた。

「先生、すずは、鈴鹿はどうなんですか?」

女性が医者に詰め寄った。

「峠は越えました、手術は成功です。」

マスクを外しながら、意外と若い医者は女性の肩を掴んで答えた。
女性は「ありがとうございます」と何回もお礼を言いながら泣いていた。

そんな彼女を見て申し訳なさそうに続けた。

「ですが、鈴鹿さんが怪我をしたところは頭です。非常にデリケートな部分で、手術が成功したからと言って目覚める保証はできません」

女性は「そんなっ」と呟いて床に崩れ落ちた。

僕はくるりと背中を向けて、さっきのベットにいた女の子の所へ向かった。

すずじゃない。

階段を登って。

すずじゃない。

廊下を走って。

すずじゃない。

【笹川鈴鹿】このプレートのがかかっている部屋の前に立ち尽くした。

すずはどこだ?

扉を開けると、看護師さん達がこちらを向いた。

一人が申し訳なさそうに「今は麻酔が切れていないのでお話はできませんよ」と言った。
看護師たちは女の子のベットを部屋に置いて、点滴や管の調整を終えると静かに出て行った。

僕はゆっくりと近づいた。
女の子がねているベットにゆっくりと。

そこにはすずが眠っていた。

「何やっているんだよすず、こんなイタズラタチが悪いよ」
「起きなよ、帰って誕生日をしよう」
「もう今からサプライは無理だけど。母さんも姉貴もすずの誕生日やるって待っているよ」

女の子は眠っている。

「すずが、毎回僕の欲しいプレゼントを当てるから今回は頑張ったんだよ」

女の子は起きない。

「前から欲しがっていたよね?すずが欲しいもの。気付くのに時間が掛かっちゃったけど」

すずは眠っている。

「時間は掛かっちゃったけど、ちゃんと用意したんだ。だから起きてくれよっ」
すずは起きない。

いつの間にか僕は泣いていて、気付いた時すずに馬鹿にされると考えて少し笑えた。

そしてそのままゆっくりと、すずの左手の指に、今日買った僕の給料三ヶ月分をすっと通した。

どこかからすずの声で「ベタね」と聞こえた気がした。

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