キミが欲しい、とキスが言う
プロローグ
テーブルの向かい側に座っているのは、無口な体の大きな男。
髪はベリーショートでオデコがしっかり見えている。眉は太いけれども目は細く、スッキリとした醤油顔。肩がガッチリしていて腕も太いので、コックコートを着ていなければ、ガテン系の職種に見えるだろう。
白のコックコートの袖をまくり、手の大きさに似合わない小さなお猪口を傾ける彼。
テーブルの端に置いてある一升瓶は既に半分ほどに空いている。
その彼が、図体の割に小さな声をボソリとこぼした。
「あなたは目も節穴ですよね」
“あなた”とは目の前の女……つまり私に向かって言っているのだろうか。
「誰の目が節穴よ、失礼ねー」
普段、仕事中なら何を言われても笑顔で返すけど、ここは鍋専門店【U TA GE】であり、私の勤めるスナックではない。営業スマイルもする必要はないから、おもいっきり顔をしかめてやった。
でも男は平然とした顔を崩さない。
つまらなそうに反論した私をちらりと見て、再びお猪口を傾ける。
彼は、馬場……何くんだっけ、下の名前は忘れちゃったけど、【U TA GE】の従業員の一人だ。
先程まで、管を巻いている私に相槌を打っていただけだったのに、口を開けた途端に毒舌だなんて、予想外でちょっと驚く。
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