キミが欲しい、とキスが言う
「おつかれ、ママ」
「はいはい。皆気をつけてお帰りよ」
今日入っていた若いふたりのホステスと一緒に店を出た。
私服もきれいに着飾った子たちは、これからどうする? なんて言っている。
まだまだ元気ね。
ホストに貢ぐために働いている子もいるんだからすごいもんだと思う。
でも私はもうオール出来るほど若くもなければ、息子を一晩中放っておく程薄情でもない。学校に向かう浅黄を見送るくらいの親心はあるつもりだ。
「私は帰るわ。お疲れ様」
そう言って、踵を返した時だ。
「おつかれ」
低い声に、皆が足を止めた。
振り向くと、そこに半袖Tシャツにジーンズを履いた、ガテン系の男の人が立っていた。キャップを目深にかぶっていて顔が見えなくて、私は一瞬誰だか分からなかった。
「おつかれ、茜さん」
二度目の言葉で、呼ばれているのが私だと分かる。
他の女の子達は、「じゃあ、アカネさんお先です」と歩き出し、人波が去ったのを見ると、彼はキャップのつばを上に向けた。
「……馬場くん?」
なんでここにいるの? と思いつつ、そういえばさっき【U TA GE】から残り物を届けてもらったって言っていたっけ。
「さっきの雑炊、もしかして馬場くんが持ってきてくれたの?」
私の問いかけに、彼は無言で頷く。
私は【U TA GE】の常連客だし、店の従業員さん達ともそれなりに話す。だけど、常に厨房にいる彼だけは、基本無口というのもあって、話すときに構えてしまう。