キミが欲しい、とキスが言う
「それとも付き合ってる男でもいるのか?」
父の問いかけに、脳裏を馬場くんがよぎる。
「……別に」
「だろうな。お前みたいなちゃらんぽらんな生き方している女が家庭に収まるとも思えない」
その決めつけにはかちんと来て、苛立ちのまま立ち上がった。
「……帰るわ。移住なんて冗談じゃないわよ。私だって浅黄だって英語なんて話せないのよ?」
「言葉は住めば覚える。お前が来る気がないならそれは構わないんだ。だが浅黄は連れて行こうと思う。お前、一人になったら浅黄を育てられないだろう」
「勝手に決めないで。そんなわけ無いでしょ」
「本当か? まだ小学二年の子供をほっぽって夜歩きしているお前に、ちゃんと子育てできると本当に思っているのか?」
夜歩きなんかじゃない。あれは仕事だ。
でも、父にそういったって通じるはずもない。母をずっと家庭に押し込めていた人だ。女は家庭に入って当たり前だと今も信じているような人だ。
「どうせあの子がいればお前の再婚にも不利だろう。俺たちに預けろ、悪いようにはしない」
「なっ」
「浅黄だって。片親に育てられるよりずっといいはずだ」
怒りで頭の芯が痺れる。
私に甘いはずの母も、父には頭が上がらないからかこの場では何も言わなかった。
「……浅黄がうんって言うはずないわ」
「そんなの分からないだろう。奔放な母親に苦労させられて、すっかり大人びてしまったが、あの子はまだ八つだぞ。お前も親なら、あの子に普通の幸せを与えてやる義務があるんじゃないのか」
「私との生活が普通じゃないっていうの」
「ああ、そうだ。そもそも片親なのだって普通じゃないだろう。全部お前が招いていることだぞ」
普通の幸せって何よ。
私だって、ちゃんと浅黄を愛している。それだけじゃ、足りないっていうの。