キミが欲しい、とキスが言う



 帽子を、実家に忘れてきてしまったらしい。額から汗が滴り落ちてきたときにようやくそれに気づいた。

夏の太陽は容赦なく肌や頭に照り付ける。頭が熱くて少し視界がぐらついた。考えがまとまらず、頭の中で先ほどの会話が何度も繰り返されている。

あまりにも急な提案で、ちゃんと考えられない。

浅黄にだって学校があるし、あの子だって英語なんて話せない。
母の実家だから私は何度か渡英したことはあるけれど、地方の自然豊かな土地で、都会育ちの自分には逆に落ち着かないものだった。

行きたくはない。
でもだからと言って、一人になって浅黄を育てられるの?

ただでさえあの子に寂しい思いをさせているのに、親の手助けがなくなったらもっと寂しくさせる。
夜ごはんだって、毎日冷めたものを一人で食べることになるのだ。

新しい土地で、のびのびと家族に囲まれて暮らす。
幸太くんとは離れ離れになってしまうけど、友達はまたできる。少なくとも祖父母がいつもついているのだから、孤独ではなくなるだろう。

将来的に考えて、あの子に一番いいのはどっちなの?


 ふらふらと歩いていると、セミの声に紛れて、子供の声が聞こえてきた。


「……違うの?」

「知らない」


 私は足を止めた。浅黄と幸太くんの声だ。気が付けば家の近くまできていたらしい。この塀の向こうは公園で声はそこから聞こえてくる。きっと、ふたりで遊んでいるのだろう。

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