キミが欲しい、とキスが言う
速足で歩きながら、涙がこぼれそうになる。
浅黄の姿が、目の前にちらついて離れない。
……それでも、浅黄と一緒にいたい。
覚悟があって産んだわけじゃなかった。
すべてが行き当たりばったりだったけど、あの時、産みたいと思った気持ちだけは本物で。
泣き止まないときは本気で怒鳴ったこともあったし、抱っこをし続けた腕はいつも痛かった。
自由な時間がなくて、生活はカツカツで、なんで子供なんか産んじゃったんだろうって思ったこともある。
それでも、すやすや眠る浅黄の寝顔がいつも私を癒してくれた。
浅黄のために、人に顔見せできなくなるようなことはしちゃいけないと思えた。
ただそこにいてくれるだけで、お母さんって呼んでくれるだけで、泣きたくなるくらい嬉しい時だっていっぱいあった。
浅黄が私を要らないと言ったとしても、私はやっぱり浅黄といたい。
頭が朦朧としていた。
何をどうすればいいのか、全く考えられない。
ただひとつだけ、ぽっかりと嫌な考えが浮かんだ。
“父親ができれば、浅黄を手放さずに済む?”
経済的にはそれでクリアになるし、幸太くんの弁を借りれば、浅黄だってお父さんが欲しいって言ってたはずだ。
何より両親が、納得してくれるだろう。片親だけじゃなくなるのなら、浅黄を手放せなんて言わないかもしれない。
長続きしない結婚になったとしても、当座はこれで切り抜けられる。