キミが欲しい、とキスが言う
今、そうなる相手を思ったら、彼しか思いつかなかった。
私と結婚したいと、一人だけ、明言してくれた人。
その代わり、どんな言い訳をしたところで、もう彼には私の気持ちは伝わらない。
私の行動は、“浅黄を手放したくないから求婚する”ようにしか映らないだろう。
馬場くんの純粋な気持ちに対して、それはあまりに打算的だ。
でも、もうそれしか方法が思いつかない。
ズルい女と思われるなら、どこまでもそう見せてやる。
アパートまでたどり着いて、私は自分の家ではなく、隣の馬場くんの部屋の呼び鈴を押した。
数秒で扉が開き、Tシャツに短パン姿の彼が出てきた。
「はい?」
「……いたの」
「今日は、夜番なんです。あと一時間もしたら出るけど」
「一時間あれば十分よ。いれてちょうだい」
戸惑う馬場くんを押しのけるようにして、私は中に入った。
隣に住んでいても、彼が来ることしかなかったから、入るのは初めてだ。
部屋の間取りは一緒だ。玄関スペースに小さなキッチン。奥の部屋は二部屋ある。
馬場くんの部屋にはあまりものがない。
リビングにテレビと机。奥の部屋に布団とパイプハンガーにかけられた衣類。いつでも出ていけそうなくらいシンプルだ。
「茜さん?」
「……抱いていいよ」
馬場くんが目をぱちくりとさせる。私はやけっぱちな気分で自分で前開きのワンピースのボタンをはずした。
そして告げる。打算に満ちた一言を。
「……抱いていい。好きにしてくれて構わない。だから、私と結婚してくれない?」