キミが欲しい、とキスが言う
7.打算は信頼を壊す
彼がつばを飲み込んだのが、傍目に見ていても分かった。
「ちょ、茜さん?」
「私が好きなんでしょう? 好きにしていいって言ってるの。代わりに結婚して」
彼の瞳が固まる。気持ちとは裏腹に、やたらに元気な笑顔と声で返事をして、まるでストリッパーになった気分でワンピースを肩から滑り落とす。
意識的に、見せつけるような動きをした自分に驚く。
夜の商売とはいえ接客だけだと思っていたけれど、こういうことを自然にできてしまう自分に、やっぱり普通の母親とは違うと思わざるを得ない。
やっぱり、私は“水商売の女”なんだ。
だから父も母も私を認めてくれない。浅黄にとっても、いい母親になれなかった。
きっと誰も彼も、最終的に私なんていらないって言う。いつだって一時しのぎにしかなれない。
馬場くんが、低い声音で尋ねる。
「いったい何があったんだよ」
「そんなことどうでもいいでしょう? 抱くの? 抱かないの?」
理由なんて話したくなかった。
このまま進んだら、彼を傷つけることは分かっていたけど、それでも私は浅黄を手放したくない。
たじろぐ馬場くんの胸に手を当てる。心臓が早鐘を打っていた。
彼に振り回されるのが楽しかった。
走り抜けてしまった青春時代をやり直すかのように、ゆっくり恋ができるんじゃないかと思っていた。
でもやっぱり、無理なんだわ。
今更普通の恋をするには、私は大人になり過ぎてしまった。
若いころに、もっとちゃんと、地に足のついた恋愛をしてこればよかった。
大人びたものばかり求めて身の丈に合わない恋をしたあの頃の自分を、できることなら叱り倒してやりたい。
できない年になってから、こんなにも純粋な恋が欲しくなるとは思わなかった。