キミが欲しい、とキスが言う

背を伸ばして、自分からキスをする。彼の唇は渇いていて、こすれたような感覚があるだけだ。

彼は身じろぎをして一度体をそらした。熱い息が頬に当たる。ごり押しするように体を押し当てると、彼はためらいがちに抱きしめ返してきた。

やっぱり男だもの。
体で攻められたら落ちるに決まっている。

頭のどこかでそんな声がする。
自分で望んでそうしているのに、さげすむような嫌な声だ。

彼となら、のんびり恋愛できるかもなんて考えは、もう捨てよう。

彼だって私との付き合いを望んでいたんだし、問題無いでしょう?
とっとと関係を作って、夫婦関係を築く。相手が馬場くんなら、望むところじゃない。


目を閉じて、彼の背中に手を回す。
だけど、私の手は回りきらなかった。彼が、勢いよく私を引きはがしたからだ。


「……え」

「さっきから態度がおかしいでしょう。何があった?」


馬場くんは怒った顔で私を見ていた。その冴え冴えとした瞳に、身震いした。


「別に」

「こんな投げやりな茜さん、おかしいだろ。まるで誰でもいいみたいだ。俺が欲しいのはこんなんじゃない」


顎を掴まれて、一瞬ののちにキスをされた。
唇には熱い息、表面をなぞる舌先は、唇をこじ開けて私の中を蹂躙する。痛いと感じるほど強く抱きしめられて、体中から力が抜ける。

酸欠になりそうな長くて深いキスは、彼自身よりものを言う。
私が欲しい、と言葉じゃなく訴えてくる。

いやらしく体を撫でまわすわけでもなく、ただキスで訴えられる愛情が嬉しくて、でも半面、打算的な自分が情けなくて悲しくて苦しかった。

私には、こんなに素直にあなたが欲しいという資格がない。

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