キミが欲しい、とキスが言う

ようやくを唇を離されたとき、私は体に力が入らなかった。ひざから崩れ落ちそうになるのをとどめているのは、彼の腕だ。


「……はあ」


耳元に漏らす息が煽情的で、お腹のあたりがジワリと疼く。


「馬場、くん」

「なんなんだよ、さっきの声。投げやりな、……あんな声嫌いだ」

“嫌い”の言葉が棘のように突き刺さる。溢れ出した涙が、私の頬を掴む彼の大きな手を濡らしていった。

「ちゃんと俺を欲しいって思ってくれなきゃ、意味ない。あんなキスならいらない」


吐き捨てるように告げる彼。こんなに近くで、しかも抱き留められているというのに、そこには拒絶の響きがある。

やっぱり傷つけた。
分かっててやったけれど、苦しい。
だけど、こんな時に泣いてすがるようなことはできない。強がってみせる以外のやり方なんて今までやってこなかった。

涙を自分で拭いて、挑戦的に笑ってみせる。


「好きだって最初に言ったのはそっちじゃないの」

「……好きだよ。でも今の茜さんはおかしいだろ」


確かに私は焦っている。
浅黄を手放したくなくて、必死だ。

馬場くんは私が脱ぎ落したワンピースを拾い上げ、体を隠すように差し出した。


「声でわかるって前から言ってるだろ。明らかにおかしい。何があったか、ちゃんと話せよ」


そう言い切られたら、次の句が告げなかった。
両親の事、浅黄の事、そして今の馬場くんの顔。全部が頭の中でぐるぐる回る。


「……お願い。結婚してよ」

「結婚はしたいよ。でも俺は、茜さんにちゃんと好きになってもらいたいんであって……」

「時間がないのよ。もうどうしたらいいのか分からないの」

「茜さん?」

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