キミが欲しい、とキスが言う


 十分ほど経って戻ってきたのは馬場くん一人だった。


「暑いから中に入れって言ってきた。幸太の家に行くって」

「……そう」


幸太くんの家なら大丈夫かな。ちゃんと水分とってくれたらいいけど……って、倒れた私が言えた義理じゃない。


「めまいとかない? ひどかったら病院連れていくけど」

「平気。冷たくて気持ちいい」

「はい、水分」


差し出されたペットボトルを上半身を起こして飲む。


「……おいしい」


大柄な馬場くんの肩が、がくんと下がる。
大きなため息とともに、吐き出されたのは「……よかった」という言葉。
心配はしてくれたみたいだ。


「何があった?」


彼の問いかけに、私は答えない。何と答えたらいいのか分からないのだ。
本気の彼に対して、打算を含んだプロポーズした。
それが、彼に許されるとは思えなかった。


「だんまりっすか」

「ごめん。さっきの、忘れて」

「簡単に忘れられるようなインパクトじゃなかったんですけど」


馬場くんの口調が敬語に戻っている。拒絶をあらわにされているようで落ち着かない。


「ちょっと焦ってたの。変なこと言ってごめんなさい」


うつむいた私の顎を、彼の大きな手が掴んで上を向かせた。
細い目の奥で、瞳は鋭い光を放っていた。


「俺は惜しいことをしたんですかね」

「惜しいって?」

「好きな人からあんな風に言われて、理性で押し返すのは結構根性いったんですけど」

「私が嫌だから拒絶したんじゃないの?」

「……最初から俺の方が告ったり追いかけたりしてるのに、どうしてそういう発想になるのか俺には分からない」


はあ、とあきれたようなため息をついて、彼は私から手を離す。

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