キミが欲しい、とキスが言う
あの子を一人にしているのは私。この狭いアパートで、息苦しい生活をさせているのも私。分かっていても、私には今以上のものを与えられない。
それを理解しているから、浅黄は私に悩みや弱みを見せたがらないんだ。
もし私が親じゃなかったらしなくていい我慢を、あの子はずっとし続けている。
馬場くんは呆れたような顔のまま続ける。
「……で、茜さんはどうしたいの。手放したくないんでしょ、浅黄の事」
「そうよ。だから」
「親を説得するために結婚したい……ってことでしょ。都合よく言い寄っている男もいる。それで俺に狙いを定めたってこと?」
声が冷たい。責められているような気持ちになるけど仕方ないか。明らかに私は彼を利用しようとしたんだもの。
「あんな、投げやりな声出してさ」
馬場くんの顔は悲しそうとも悔しいともつかない感じに歪んでいた。
正直、怒鳴られるより胸が痛かった。そのくらい、今の彼が傷ついているのが分かる。
「あの、馬場く……」
「いいよ」
弁明しようとした声は、彼の固い声に遮られた。
「そこまでして浅黄をつなぎ留めたいんでしょ。いいよ。俺を使ったらいい」
「馬場くん」
「何もしなくても、浅黄は行かないと思うけど。親の建前もあるだろうし?」
前に、彼が私の気持ちが声で分かるって言ってたけれど、いつの間にか私にもわかるようになってる。
何を考えているかとかじゃなく、今の感情が。
彼の顔には乾いた笑顔が貼り付いている。だけど響いてくる感情は“悲しい”だ。