キミが欲しい、とキスが言う


「じゃあ、今から俺、茜さんの婚約者ってことだな」


……その場で、馬場くんのことが好きだと言おうと思えば言えた。
だけど、もう絶対に伝わらないだろうこともよくわかっていた。
青春時代みたいに純粋な気持ちで育ち始めたこの気持ちを、今の状況で告げる勇気は私には無かった。


「いいの?」

「いいよ」


きっともう好きだとは言えない。
打算は私たちの間に育ち始めていた信頼を壊してしまった。

私は、また間違えてしまったんだ。






 その後すぐ、私は彼とともに自分の部屋に戻った。押し入れから布団を取り出すと、奥の部屋に敷いてくれた。
もう大丈夫だというのに、彼は私に寝ているように言う。そして枕元に座って腕組みをした。


「じゃあさっきの話の続き。浅黄に、どう言う?」

「どうって?」

「茜さんの親に結婚しますっていうより前に、浅黄に言わなきゃだろ?」

「ああ、そうね」


確かに、悩ましい問題だな。
だますのは気が引けるし、でも急に馬場くんと結婚するなんて言ったらそれこそ浅黄にはショックだろう。
本来なら、時間をかけてゆっくり進めたいような話だ。


「下手に嘘つくより、浅黄に全部言っちゃったほうがいいと思う」

「全部って?」

「ニセの婚約者になるってこと。いきなり俺が父親になるって言ったら、あいつだって驚いて反対するかもしれない。そうしたら結局浅黄はイギリスに連れていかれるかもしれないだろ。この計画には、浅黄の協力が不可欠なんだよ」

「それは……そうね」


でも、理解してくれるかしら。
イギリスにいかないために結婚するふりをする、なんて、あんな小さな子に分かってもらえる?

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