キミが欲しい、とキスが言う
悩んでいるうちに、浅黄が帰ってきた。慣れた様子で鍵穴を回した浅黄は、部屋の中に馬場くんがいることにキョトンとして動きを止める。
「あれ? 馬場さん、どうして」
「浅黄のママ倒れたんだよ。それで看病してた」
「えっ、大丈夫、お母さん」
慌てて浅黄が布団の脇に駆け寄ってくる。私は安心させるように微笑んで頭を撫でた。
「平気よ。熱中症だったみたい。浅黄は平気?」
「うん。幸太の家でお茶いっぱい飲んだし」
汗がにじんでいるからか、金の髪がキラキラと光る。私は目を細めてそのきらめきを見つめた。
そこで、馬場くんが一度咳ばらいをした。浅黄が不思議そうに後ろの彼を振り向く。
「……浅黄に、大事な話があるんだ」
「大事な話? 何?」
どうやら早速先ほどの話をするつもりらしい。
でも、他人の馬場くんから聞かせられるよりは、私からの方が伝わるだろう。
「馬場くん、いいわ。私が言うわよ」
私は上半身を起こし、浅黄を見つめる。再びこちらを向いた浅黄は、急に恥ずかしくなったようにうつむいた。自分が興奮しないように、一度大きく深呼吸をしてから話す。
「……おばあちゃんたちがイギリスに住むって話、聞いた?」
浅黄が見てわかるくらいに体をびくつかせた。
やっぱり知っていたんだ、とそこで確信する。視線だけで促すと、浅黄はぼそぼそと話始めた。
「前に、おじいちゃんが言ってた。行って、一緒に住もうって。お母さんに……言わなくてごめんなさい」
謝られて、逆に申し訳ない気持ちになる。
こんな小さな子が秘密を抱えるのってどんな気分だったんだろう。