キミが欲しい、とキスが言う
「ううん。それはいいのよ。それより浅黄は行きたいの?」
浅黄は大きく首を振る。
「行かない。僕、ここにいたい。夜一人でも平気だし、料理も覚える。そうしたらお母さんと二人でも大丈夫でしょ?」
「浅黄」
もしかしたら、浅黄が実家から一人で帰るようになったのは、その話を聞いてからかもしれない。
一人で大丈夫なことを、祖父母に見せるためにやっていたの……?
そこから、馬場くんが会話を引き継いだ。浅黄の隣に腰を下ろし、見上げる浅黄の頭を撫でる。
「でも、お前のじいさんとばあさんはきっと納得しないだろ? それで俺の出番ってわけ」
「馬場さんの?」
「俺が茜さんの婚約者になる。婚約者ってわかるか? 結婚を約束する人のことだ。浅黄のことはふたりで育てるから大丈夫だって言えば、じいさんたち、納得してくれるかもしれないだろ?」
「……お母さん、結婚するの?」
目を見開かれて、言葉に詰まる。期待なのかただの驚きなのかは判別できなかった。
その間に、馬場くんが返事をしてしまう。
「フリだけだよ。茜さんに頼まれたんだ。お前とずっと一緒にいるために、婚約者のふりをしてくれって」
「じゃあ、僕、このままここにいられる? 今まで通りに? 幸太とも離れなくていい?」
「ああ、そうだよ。でも、じいさんたちを説得するまでは、浅黄にも協力してほしい」
「うん。分かった。何をすればいいの」
「嘘に協力してくれればいいだけだ。浅黄は難しく考えなくていいよ」
いつの間にか、馬場くんと浅黄の間で話がまとまっている。
起き上がっているのが辛くなってきた私は、そのまま体を横たえた。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ。……ちょっとだけ寝てもいい?」
「うん」
「夕飯、俺が作るよ。浅黄、手伝え」
「うん!」
そのまま、キッチンにむかうふたりの後姿をじっと見つめた。
それは仲のいい親子そのもので、胸が締め付けられるように切なかった。
抱いていいよなんて、言わなきゃよかった。最初から事情を話して告白すれば、もしかしたらこの光景が本物になったかもしれないのに。
こんな時にうまく立ち回れない自分が恨めしい。