キミが欲しい、とキスが言う
8.運命は悪戯にやってくる
夏休みに入ってすぐの火曜日。
今日は馬場くんと浅黄と一緒に実家に挨拶に行く予定だ。今日は【U TA GE】の定休日でそれに合わせて私も休みを取った。
浅黄は、イギリスにいかないためには、私と馬場くんが仲睦まじく、浅黄との関係も良好であることを祖父母にアピールしなきゃならないとちゃんと理解してくれたようだ。その練習のつもりなのか、幸太くんと一緒に馬場くんを遊びに誘ったりしているらしい。
今日の浅黄は朝から緊張気味で、トイレが近い。演技などしたことのない子供だ。緊張して当然だろうと思う。
「浅黄は普通にしていればいいのよ」
トイレから出てきた浅黄に、安心させようって思って言うと、浅黄は困ったように私を見上げた。
「でも、馬場さんをお父さんって呼ばなきゃでしょ?」
「そこまでしなくていいの。仲良くだけしていてくれたらいいわ」
「じゃあ、いつも通りでいい?」
ホッとしたように胸をなで下ろす浅黄に、苦笑する。
子供に嘘をつかせるなんて、やっぱり母親失格じゃないかしら。
まあ、今はせっぱ詰まってるから仕方ないんだけど。
やがて玄関の呼び鈴が鳴り、鍵を開ける。目の前に、紺のジャケットが飛び込んできた。
「茜さん、これでいいかな」
そこにいた馬場くんは、白のワイシャツに紺色のスーツと、まるで就職活動でもしているような格好だ。
肩ががっしりしているから、すごく似合う。あっさりした顔が二割増し格好良くなって、見とれてしまうほど。
「……あれ、変?」
「ち、違う。ってか、暑いでしょ。そこまできっちりした格好しなくてもいいのよ」
「あ、そう?」
じゃあお言葉に甘えて、と彼は上着を脱ぐ。いつものTシャツ姿と違って、Yシャツにネクタイ姿は妙に色っぽい。ヤバいな、心臓のバクバクが半端ない。