キミが欲しい、とキスが言う


「……どういうことだ、茜」


実家のリビングはいつもきちんと整頓されている。

大型テレビに書棚、そして対面のソファ。
一応お客である私たちが奥、手前に苦々しい顔の父が座り、母はお茶を運んでいる。


「だから、イギリスには行かない。私、結婚しようと思う」

「初めまして、馬場幸紀です」


隣で頭を下げた彼を見て、父のひざが怒りで震える。


「ふざけるな。お前この間付き合ってる男はいないと言っただろう。あれから半月も経ってないんだぞ、さては偽装しただろう」


ドンとひざを叩きながら威嚇してくる。

鋭いな。この人バカじゃないものね。
だけど私だって、伊達に何十年も父と反発しあってきたわけではないのだ。今更こんなのにビビったりはしない。


「失礼ね。あの時は……きっと反対されると思って言えなかっただけよ」

「嘘をつけ、こんな付け焼刃で結婚とか許さんぞ。本当にお前は自分勝手だな。浅黄がかわいそうだと思わないのか」


「どうして嘘だって決めつけるのよ」


一気にまくしたてながら立ち上がる父と私の間に、馬場くんの大きな手が入ってきた。


「ふたりともやめてください。子供が見てます」


言われて、ふっと隣を見ると、浅黄が眉をハの字にして私と父を見ている。
思わず顔を見合わせた私と父は、気まずさにそっぽを向いて座った。

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