キミが欲しい、とキスが言う
「……結構似たもの同士ですね。さすが親子」
くすくすと笑う馬場くんは、本当の婚約者か疑われているというのに、この場で一番落ち着いている。
さっきの態度が大人げなかった気がしてきて、私は黙ることしかできなかった。
「改めて、はじめまして。茜さんとお付き合いさせていただいてます、馬場です」
そして改めて頭を下げる。父は目を細くして探るように彼を見た。
「……本当なのか? 婚約って話は」
「付き合っていたのは本当ですよ。ただ、婚約ってのは実は急きょ決めたことです。俺は、茜さんも浅黄くんもイギリスにはやりたくないので、だったら結婚しようと伝えました」
そして彼は予想外に上手に嘘をつく。半分くらい真実を織り交ぜながら平静に言ってのける姿には驚いた。
父は半信半疑の様子だ。時々私の表情を確認しながらも、馬場くんに向かって問いかける。
「ふん。まあいい。で、君は仕事は?」
「料理人です。今は鍋の専門店の【U TA GE】という店に勤めています」
「料理人? 安定していない職業だな」
「そうですね。でも食うには困らない職業でもあります」
冷静さを崩さない彼に意外にも父が飲まれている。
そして、少し逡巡したのち母を振り返り、「浅黄を奥に」と小声で言う。何か嫌なことを話そうとしているのかもしれない。察した母は立ち上がり、浅黄の肩を叩いて別室に連れて行こうとした。