キミが欲しい、とキスが言う
「別に連れていくことはありませんよ。浅黄くんともちゃんと話しています。浅黄くん本人の気持ちも聞きました」
「いや、子供には聞かせたくない話だ」
「あの、えと」
双方から違うことを言われて、戸惑っているのは浅黄だ。
「いいから浅黄、こっちにいらっしゃい」
母は従順に浅黄を連れ出そうとする。馬場くんはそれを見つめながらすうと息を吸い込んだ。そして、こぶしを強くテーブルにたたきつける。
ドンという鋭い音に、私も、父も、少し離れた場所の母と浅黄さえも身をすくめた。
「……浅黄を連れていきたい、とおっしゃっていましたよね。その一方で子供には聞かせたくないと浅黄を追い払う。どうも納得いきません。人生を左右されるのは浅黄ですよ。どんなことであろうと、全部浅黄に聞かせて判断させるべきだ」
「あ、浅黄はまだ子供だ」
「その子供の人生を振り回そうとしてるのはあなたたちだ!」
浅黄がこちらを振り向く。すがるような顔で、馬場くんを見つめている。
「言えよ、浅黄。お前はどうしたい。茜さんのことも爺さんのことも考えなくていいんだ。お前の気持ちを言えばいい」
「僕、……僕は」
言いながら、私の目を見る。
いつもそうやって、私のことをうかがっている浅黄。
オドオドした態度は、父親にそっくり。
『でも君を連れていけない』
こんな時に、ダニエルの声が頭をよぎる。
彼ならば、きっと一般的に正しいことを選ぶのだろう。
世間的には、きっと私と残らない方が浅黄は幸せだって。