キミが欲しい、とキスが言う

「別に連れていくことはありませんよ。浅黄くんともちゃんと話しています。浅黄くん本人の気持ちも聞きました」

「いや、子供には聞かせたくない話だ」

「あの、えと」


双方から違うことを言われて、戸惑っているのは浅黄だ。


「いいから浅黄、こっちにいらっしゃい」


母は従順に浅黄を連れ出そうとする。馬場くんはそれを見つめながらすうと息を吸い込んだ。そして、こぶしを強くテーブルにたたきつける。
ドンという鋭い音に、私も、父も、少し離れた場所の母と浅黄さえも身をすくめた。


「……浅黄を連れていきたい、とおっしゃっていましたよね。その一方で子供には聞かせたくないと浅黄を追い払う。どうも納得いきません。人生を左右されるのは浅黄ですよ。どんなことであろうと、全部浅黄に聞かせて判断させるべきだ」

「あ、浅黄はまだ子供だ」

「その子供の人生を振り回そうとしてるのはあなたたちだ!」


浅黄がこちらを振り向く。すがるような顔で、馬場くんを見つめている。


「言えよ、浅黄。お前はどうしたい。茜さんのことも爺さんのことも考えなくていいんだ。お前の気持ちを言えばいい」

「僕、……僕は」


言いながら、私の目を見る。

いつもそうやって、私のことをうかがっている浅黄。
オドオドした態度は、父親にそっくり。

『でも君を連れていけない』

こんな時に、ダニエルの声が頭をよぎる。
彼ならば、きっと一般的に正しいことを選ぶのだろう。
世間的には、きっと私と残らない方が浅黄は幸せだって。

< 124 / 241 >

この作品をシェア

pagetop