キミが欲しい、とキスが言う
小学生になって、一人でいることが増えた浅黄を抱きしめるのは、久しぶりのことだ。
男の子だからか、骨が太いし小さいながら筋肉がある。でもまだ、こんなに小さい。
まだ私の腕の中に収まる、小さな私の宝物だ。
「……うん」
腕の中で、浅黄が小さく笑った気がした。
黙ってみていた父は、悔し紛れに鼻を鳴らす。
「いいのかね。浅黄は君の子じゃない。茜と結婚したいなら、浅黄は邪魔だろう? それに、君の給料で茜と浅黄を養えるとでも? 茜がまだ仕事辞めていないのは、それが無理だからなんじゃないのか。大体妻にする女にいつまでも水商売をさせているのは……」
再び、馬場くんのこぶしが炸裂し、父と母は体をびくつかせ、浅黄は私にぎゅっとしがみついた。
恐怖で静かになった私たちに向かって、馬場くんはゆっくりと話し出す。
「安月給なのは認めますが、茜さんの仕事は別の話でしょう。彼女には彼女の意志がある」
「いや、しかしな」
「辞めるかやめないかは、俺が決めることではありません」
そこまで冷たく言い放ったかと思うと、一度息を吸い込んだ。そして次に口を開いた時は、とても穏やかな声だった。
「でも……俺には、夢があって」
私は、彼の横顔を覗き見る。テーブルの中心辺りを見つめているようだけれど、頭の中は遠くその先まで見つめているようだ。
「俺の実家は農家で、野菜をたくさん育てています。いつかその野菜を使った料理を出す店を、自分で開くつもりです。……その時に、茜さんが隣にいてくれたらと思っています」
父の顔が変わった。私も馬場くんの真面目な表情に見入ってしまう。