キミが欲しい、とキスが言う


“夏休みの間はいくらでも預かってやる”

最後にそういった父は、「どうせならとっとと籍を入れてしまえばいい」と付け加えた。
どうやら、馬場くんのことは相当気に入ったらしい。

予想外に簡単に折れてくれたので、逆に困ってしまう。
さすがに籍を入れるわけにはいかないので、何とかごまかしてはいるものの、罪悪感は半端なかった。


イギリスに行ったら浅黄と会えなくなるからか、両親は本当に浅黄をびっちり預かってくれた。浅黄の方も、もう外国に連れていかれる心配がなくなったと思ったからか、祖父母の家に行くことを嫌がらない。
お陰で昼間に結構余裕があり、馬場くんも夜のシフトを入れるようになっていた。


「お疲れ様でしたぁ」


仕事を終え、店を出ると、先に出た若い子たちがにやにや笑いながら振り返る。


「茜さん、また来てますよぉ、彼」

「彼?」


疑問形で投げかけてみたけれど、誰が来たのかは分かっている。


「茜さん、お疲れ」


Tシャツにジーンズという軽装で、いつも裏口の壁によりかかって待っているのは馬場くん。
彼の姿にドキドキするのと同時に安心もする。でも口は憎まれ口を言ってしまうのだけど。


「……待ってなくていいのに」

「三十分しか違わないなら待つでしょ。帰るところだって一緒なのに」

「隣よ。正確には」

「はいはい。分かってるよ」


当然のように隣を歩いてくれる彼。でも、腕を組んだり、手をつないだりはしない。


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