キミが欲しい、とキスが言う
一年前の春、橙次が、「もう体の関係を続けるのは辞めよう」と突然に言いだした夜。
私は平然とした顔で笑って、「分かったわ」と言った。
ショックじゃなかったと言えば嘘になるけれど、それを表情に出すほど愚かじゃない。
最初から割り切って付き合ってほしいと言ったのは私のほうだ。
じゃあ先に帰るわね、と店を出た途端、私の目からは涙が零れ落ちた。
割りきった関係でいいと本当に思っていたはずだけど、浅黄のことを心配してくれる彼に、多少なり甘えてもいた。橙次を失うと思ったら辛かった。
涙が止まらない自分を見て初めて、私はもしかしたら本気で橙次が好きだったのかもしれない、なんて思った。
笑うしかないだろう。気づいたところで遅すぎる。
私にできることは、ただ泣いて終わりすることだけだ。
……と思ったのに、そのまま駅に向かっていたら【U TA GE】の従業員である仲道くんに見つかってしまって、【粋】という店に連れられていってしまったのだ。
たしかに、そこに馬場くんもいたな。
でもあの時はちゃんと誤魔化したのに。
「……私だって泣く日くらいあるわよ。でもそれは橙次とは関係ないから。あんまり面倒臭いこと言わないで」
本心を馬場くんに言ったところで、橙次との仲を悪くさせるだけ。
さらりと嘘をつくことにはもう慣れてしまった。良心なんて少しも痛まない。