キミが欲しい、とキスが言う

「新メニューは出してるの?」

「この間のモニター試食でいい結果出たから、来週から店に出るよ。茜さんも食べにくる?」

「そうね。仕事前にまた寄るわ」

「いつ来るか言ってくれれば、俺が作るよ」


電車に揺られながら、そんな世間話を重ねる。
そして、最寄り駅について再び歩き出す。クーラーの効いていた電車から降りた途端に、もわっとした空気がまとわりつく。汗がにじんで来るのが気になった。


「そういえば、この間の夢って本当なの?」

「夢?」

「ほら、お父さんに言ってたやつ。即興にしてはリアルでびっくりした」

「ああ、あれか」


振り返り、馬場くんは突然笑いだした。


「そういや、茜さんと親父さんって似た者同士だよな。二人そろって頑固」

「は? あんな亭主関白と一緒にしないでよ」

「頑固なところとかそっくりだし、気づいてないかもしれないけど、物言いも似てるよ。……それに、なんで茜さんが男を信用しないのかもわかったような気がする」

「え……」

「一番身近な人を信頼できてないんだもんな」


馬場くんの細い目が、見透かすように私を見つめる。丸裸にされたような気分で、急に居心地が悪く感じた。


「……即興じゃないよ。あれはガチでそう思ってる」

「え?」

「さっきの質問。夢の話」


急に話を戻さないでよ。慌ててしまうじゃない。
でも場の空気は変わって、呼吸が楽にはなった。
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